井伊谷の人々のくらし(浜松市地域遺産センター)

井伊家を訪ねて

「我を上手く使え。我もそなたを上手く使う」戦国女性リーダー論と水田中心史観批判

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大河ドラマは、言うまでもなく戦国時代や幕末などの歴史が舞台です。
原作者、あるいは、脚本家が素晴らしすぎて、どこまでが史実で、どこからが脚色なのか見分けがつきません。

1983年の『徳川家康』(原作:山岡荘八)第1話「竹千代誕生」を見ました。
「三河木綿」については、開始26分、於大(徳川家康の実母)が松平広忠(徳川家康の実父)に嫁ぐ時に、婚礼の土産として、於大(大竹しのぶさん)が、父・水野忠政(北村和夫さん)から綿花の種を受け取ったことに始まるとしています。

忠政「これは棉の種じゃ」
於大「棉の種?」
忠政「泉州堺から取り寄せた南蛮渡来の棉の種じゃ」
於大「はい?」
忠政「その綿で作った布子はな、民百姓の野良着はもとより、鎧の下にも真に強い。そなたの手でまず婿殿に紡いでやり、母とも語ろうて、領内に広めるようはかろうてやり」
於大「はい!」

鉄砲伝来については、竹之内波太郎(石坂浩二さん)が自身の熊屋敷で吉法師(後の織田信長)に鉄砲を見せる場面(開始47分)で、次のようなナレーションが入りました。
「ポルトガルから鉄砲が伝来したのは天文12年だが、琉球、及び五島列島の海域にも勢力を持つ波太郎は、それより早く、これを入手していた」

竹之内波太郎については、開始18分、「この屋敷(熊屋敷)の主を竹之内波太郎という。だが、里人たちは「熊の若宮」と呼ぶ。村の名も「熊村」といい、古く武内宿禰の後裔であるとされ、代々誰からの支配も拒んで神仕えに専念している土豪である。だが、その実、各地の野武士、乱波、海賊を抑え、海と陸に隠然たる勢力を持つ人物である」
と説明されています。

「へ~そんな人がいたんだ」
と驚き、「もっと知りたい」と調べたところ、架空の人物だと分かりました。
調べなければ実在の人物だと思い込んでいるところでした。危ない、危ない。時代小説家の構成力と筆力、NHK「大河ドラマ」というブランド力は凄まじく、危うく飲み込まれるところでした。

さて、綿花の第二次伝来の年ははっきりしませんが、鉄砲伝来の年は1543年(欧州の史料では1542年)であり、その約20年後の永禄8年(1565)に井伊直虎がその存在を知らずに「妖術か!?」と驚くことや、小野亥之助が鉄砲玉を見て何か分からないという設定には、いささか無理があります。(中野直之が使いこなせているのも奇妙; 小野政次が鉄砲玉だと分かったのは、駿府今川館 で見ていたから?)

『松平記』には、桶狭間で織田軍が鉄砲を使ったとありますから、井伊直盛が殉死した「桶狭間の戦い」(1560年)の生き残りは、鉄砲の存在を知っていたはずです。

 

第18話 「あるいは裏切りという名の鶴」 あらすじ

鶴丸こと小野政次が裏切っているのは井伊家か、今川家か、それとも井伊直虎に仇なす全て者か? 鶴よ、お前は「黒鳥(ブラック・スワン)」なのか、「白鳥(ホワイト・ス ワン)」なのか?
「結婚しない」「贅沢しない」「無言のまま、さっさと讒言しない」・・・という状況からは、白鳥に思われる。

──では、これを読めば、政次の手の内が分かるということにございますか?(by 井伊直虎)
小野政次の真意を知るため、井伊直虎は、兵法書を手にした。

※ちなみに当時の武士の必読書は「四書五経」と「武経七書」
「四書五経」……儒教の『大学』『中庸』『論語』『孟子』と『詩経』『書経』『礼記』『易経』『春秋』
「武経七書」……兵法書の『孫子』『呉子』『尉 繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』

──敵も味方も欺くことで、守る。そういう手があるのじゃな、兵法というものには。書物で読んだ。(by 井伊直虎)

どうも、小野政次は白鳥で、彼の真意は、「家老として、井伊を守るために悪役に徹する」というものらしい。(小野政次の父・小野政直も同じ兵法書を読み、同じ思いだったのだろうか?)

小野政次の真意が分かった井伊直虎は、「誰よりも深く、井伊を守る策を考えておるのは、そなたであるからじゃ」として、早速、小野政次の御知恵拝借とばかりに、次のように聞いた。
──我は種子島を備えて井伊を守ろうと思うておった。それが今川の元に渡り、この先どうなるかは分からぬ。もし、そなたが我ならどうする?(by 井伊直虎)

小野政次の返事は、『孫氏』の一節を引用したものであった。
──私なら戦わぬ道を探ります。戦に戦わずして勝つ。もしくは戦いに及ばずとも済むよう死力を尽くす。周りの思惑や動きに嫌らしく目を配り、卑怯者、臆病者よとのそしりを受けようが、断固として戦いませぬ。

これは、「実に小野らしい小野家の生き残り策」ですが、井伊家の生き残り策としては、どうであろうか?
井伊家は今川家の傘下にあり、「戦いたくない」と思っていても、今川家に「兵を出せ」「戦え」と命令されれば、戦わざるを得ない。
逆に誰かに攻められれば、今川軍が助けに来てくれる。

井伊家の生き残り策は、
①今川家に忠節を尽くし、今川家の中で高い地位を得る。
②主家を変える。今川家から松平家、あるいは、武田家へ。
であろう。

しかし、小野政次の影響力は強く、「百戦百勝、善の善なるにあらず、戦わずして敵を屈することこそ最上の勝ち」が井伊直虎の座右の銘になった。

私が小野政次であれば、
「私が降ろしたくても降ろせない、民が許さない、そんな名君になることで井伊を守ります」
と答えますけどね。

「細かな点まで気を配れ。脇が甘い」と言いたいところですが、それは言ったところで性格的に無理?(小野政次の血液型はAかABで、井伊直虎はBかOっぽい。)

 

優れた戦国武将、優れたリーダー

雑誌の「誰が最も優れた戦国武将か?」という記事では、決まって能力分析の五角形のレーダーチャート(クモの巣グラフ、ペンタゴンチャート)が掲載されます。

5つの項目(パラメータ)は、
・統率力(人望、カリスマ性)
・武力(兵力、持っている兵士や武器の質と量)
・知力(知略、戦略、策略)
・政治力(外交力)
・経済力(経済観念、財力)
が多いようです。

井伊直虎を分析、採点したらどうなる?
生まれた時から帝王学を学んできたのではなく、ようやく本を読み始めた状態ですので、点数的には「今は」低いかな。
また、井伊直虎は、戦国大名・今川家傘下の国衆ですから、「戦国武将」というより「領主」であって、その評価も「優れた戦国武将か?」よりも「優れたリーダーか?」と考えた方がいいと思われます。

私は、「徳・知・体の調和がとれたリーダー」が優れたリーダーだと思っていますが、井伊の場合は、役割分担して、
・徳(井伊直虎)
・知(小野政次)
・体(中野直之)
の三人体制でいいかな。(奥山六左衛門さん、ごめんなさい (;^_^A))

※先の「誰が最も優れた戦国武将か?」という分析で、たとえば「知力」が低くても、「ダメな戦国武将」とは言い切れません。なぜなら、彼の横に優れた軍師がいればいいからです。「誰が戦国の世を乗り切れるか?」の答えは、「優れた戦国武将」(個の力)と「優れた部下がいる戦国武将」(全体の力、総合力)です。あとは運ですね。

──私は、助けられてばかりではないですか。人集めの時は政次に、此度は方久の機転で救われた(by 井伊直虎)
これでいいのです。
自分で全てをやるのではなく、自分が得意なことだけやり、不得意なことは、それが得意な家臣に任せればよいかと。

そして、「人に任せる」ことは、男性リーダーより、女性リーダーの方が得意かと。
男性の場合は「出来ない」「不得意」と認めるのは恥ですので、今の井伊直虎のように全て自分でやろうとします。
井伊直虎は、井伊直親のような男性リーダーになろうと、虎松の父親になろうとしていますが、女性の魅力をもっと強調していただきたいものです。家臣が「殿の笑顔を見たいから」と忠節を尽くしてくれるようになれば上々かと。

──我を上手く使え。我もそなたを上手く使う。(by 井伊直虎)
これが女性リーダーの理想像だと思いますが、次回からは井伊直虎は龍雲丸に使われそうで(振り回されそうで)心配です。

 

続・鉄砲製作

火縄銃(「先込め」構造の銃)とは、「穴」を開け、その「穴」に火薬と弾を詰めて火をつけるだけだと思っていたのですが、1発撃つだけならそれでいいらしい。
何発も撃っていると、銃身の内部に火薬の燃焼カスや溶けて付着した弾の残りカスが残り、銃身が破裂することがあるそうです。

つまり、銃身の途中まで「穴」を開けるのではなく、貫通させて「筒」とし、使用後は分解して掃除しておかないと、次回、危険なのだそうです。ただ作ればいいのではなく、誰でも簡単に分解→清掃→組立が出来る構造にすることが重要なのだそうです。

──この尻の部分の金具が上手く作れず…(by 五平)
火縄銃のコピー製作において、最も難しいのは筒の底を密閉する「尾栓ネジ」の製作でした。

天文12年(1543年)、種子島に鉄砲が伝来すると、美濃国関出身の刀鍛冶・八板金兵衛は、鉄砲の製作を命じられました。
八板金兵衛は「ネジ」の存在を知らなかったので、尾栓を鍛接で作ったところ、火薬の爆発で尾栓が吹き飛んだそうです。そこで、八板金兵衛は、娘・若狭をポルトガル人に差し出し、引き換えに尾栓の作り方を教えてもらい、「ネジ」の存在を知ったのだそうです。
※「娘と引き換えに尾栓の作り方を教えてもらった」というのは口伝であり、記録は存在しない。『八板家系図』に若狭が牟良叔舎(フランシスコ)と結婚したとはある。

「女子 若狭 大永7年丁亥4月15日生れ。母楢原氏女。天文12年8月、牟良叔舎に嫁し蛮国に至り、感ありて一首を詠ず。
月も日も日本の方ぞなつかしき
わが二親のあると思へば
天文13年、蛮船に駕し来り、父子相見る。数日にして若狭大病にて死すと詐り、棺槨を営みて殯葬す。蛮人これを見て涙を流さず。」(『八板家系図』)
※八板金兵衛が作った尾栓ネジは「日本最古のネジ」、若狭は「日本初のヨーロッパ人と結婚した女性」と言われている。

(つづく)

 

今回の言葉 「百戦百勝、非善之善者也」

【原文】 孫子曰、「凡用兵之法、全國爲上、破國次之。全軍爲上、破軍次之。全旅爲上、破旅次之。全卒爲上、破卒次之。全伍爲上、破伍次之。是故百戰百勝、非善之善者也。不戰而屈人之兵、善之善者也」。
【書き下し文】 孫子曰く、「凡そ用兵の法は、國を全うするをもって上と爲し、國を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と爲し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と爲し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全するを上と爲し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と爲し、伍を破るは之に次ぐ。是故に百戰して百勝するは、善の善なる者にあらざるなり。戰はずして人の兵を屈するが、善の善なる者なり」。
【意味】 「孫子」によれば、兵法は、自国を安全に保って勝つのが最も良い策であり、自国に被害を与えるが勝つ策は次の策である。(「国」を「敵国」とする訳もある。「自国で迎え撃ち、自国の田畑を荒らさずに勝てれば最善(ベスト)」なのか、「敵国へ攻め入り、敵国の田畑を荒らさずに勝ち、その田畑の収穫物も手に入れられれば最善(ベスト)」なのか不明。)
※国:国土。「全国」で「国を戦争等の災禍から安全に保つこと」。

自軍を安全に保って勝つのが最も良い策であり、自軍に被害を与えるが勝つ策は次の策である。(「軍」を「敵軍」とする訳もある。「自軍に死傷者が出ずに勝てれば最善(ベスト)」なのか、「敵軍に降伏させて、敵軍に死傷者を出させずに勝てれば最善(ベスト)」なのか不明。)
※軍:軍団/旅:旅団/卒:大隊/伍:小隊

以上のように言ったのは、百回戦って百回勝つのが最善(善の中の善。ベスト)ではなく、戦わずして敵を屈服させるのが最善(ベスト)だからである。
※「国」等を「自国」等と訳す説と、「敵国」等と訳す説があるが、「戦わずに勝つのがベスト」という結論を導くための文だとすると、私は、「自国も他国も」等と訳すべきであると思う。

たとえば、「全國爲上、破國次之」を、私なら、「自国と敵国のどちらかの国の国土、あるいは、両国の国土に被害を与えても、勝てれば善だが、戦わずして、自国の国土にも、敵国の国土にも被害を与えずに勝てれば最善(ベスト)である」と丁寧に訳す。
「自国」「敵国」等と区別せず、「自国」と「敵国」とで「国」と1つにまとめて、「国土に被害を与えずに勝てれば最良、国土に被害があっても勝てれば次に良し」等と訳すのが原文に近い最良の訳かなとも思う。
【出典】 『孫子』(第三篇)「謀攻」
※『孫子』:孫武の作とされる中国・春秋時代の兵法書。全13篇。

──気に入った言葉も見つけたぞ。「百戦百勝、善の善なるにあらず、戦わずして敵を屈することこそ最上の勝ち」というものじゃ。(by 井伊直虎)

鉄砲は遠くから敵を殺せる武器で、自分は安全である。
しかし、たとえ自分に服従しない「敵」であっても、「人を殺す」という行為は、むやみな殺生を禁じられた尼さんには似合わない。「戦わずして、敵を屈すること」が尼さんらしいが、これは最善(the best)にして最も困難な(the most difficult)ことである。
「敵の大将と話し合って戦いを避けた」は、前半の「戦わずして」の達成であり、後半の「敵を屈する」(敵を自分の支配下に置く)までは達成されていない。
「戦わずして、敵を屈すること」は最高の方法だけに最高に難しいのだ。

「子育て」で言えば、「戦って勝つ」ことは容易である。
たとえば、「怒鳴ったり、殴ったりして無理やり寺子屋へ行かせること」は簡単である。「戦わずして勝つ」とは、「怒鳴ったり、殴ったりしないで、寺子屋に行かせること」であり、それは「説教」(あなたにとって寺子屋がどれだけ重要なのか、必要性を諭すこと)して、子に寺子屋へ自ら行きたい気分にさせることであり、「敵を屈する」とは、「子が自分の考え通りに動くようにすること」、つまり、毎日説教しなくても、毎日自主的に寺子屋に行く子にすることである。

「負けて勝つ」(「お小遣いあげるから、お願いだから、寺子屋へ行って」)は、「甘え」「利益があることだけ行動する」に通じるからお薦めできない。そもそも「子育て」を戦争、わが子を「敵」に例えて兵法を活用するような時代小説家は、良妻になれたとしても、賢母にはなれない f^_^;

 

キーワード:初山焼

ドラマでは、井伊直虎が瀬戸方久と始めたのは、
・綿花栽培と綿織物
・鉄砲の製造
ということでしたが、この頃、瀬戸村では、窯業の初山焼(しょざんやき)が始まっています。

初山焼は、初山(瀬戸から石岡にかけての山。地名でもあり、後に宝林寺が建てられると、同寺の山号にも使われた)で製造されました。井伊直虎が瀬戸方久と始めたのではなく、今川領から徳川領に替わった時に始まったともいわれています。

「初山焼(浜松市北区細江町中川) 黄檗宗初山宝林寺の周辺に窯があることから初山焼と呼ばれるようになりましたが、じつは宝林寺が開かれるより100年近く古い16世紀の後半、美濃(岐阜県)から伝えられた焼き物です。つやのある黒や褐色の鉄釉(てつゆう、うわぐすり)が特徴です。天目茶碗、丸椀、皿、すり鉢、水注、茶入、茶壺、花瓶、香炉など、日用雑品と茶道具、神仏具などを作っていました。」(案内板)

初山焼(浜松市博物館)

※瀬戸の東の都田(みやこだ)には、「須倍(すべ)神社」(静岡県浜松市北区都田町神明風呂。本来は須倍氏の氏神社であるが、都田が伊勢神宮領になり、現在は天照皇大神と豊受姫大神が祀られている)という式内社があり、「須倍(すべ)氏」の「須倍」は、「すえべ(須恵部、陶部)」であって、「古代は須恵器の製造拠点だった」という仮定のもと、調査が行われましたが、大規模な古窯群は発見されませんでした。

 

キーワード:水田中心史観批判

大河ドラマ「おんな城主 直虎」の1つのテーマが「水田中心史観批判」です。
「水田中心史観」というのは、「水田稲作中心の歴史や文化の解釈」であり、言い換えれば、「井伊直虎はリアルもののけ姫」説で有名な地元浜松出身の夏目琢史先生による網野史学の導入ということです。

ということで、大河ドラマ「おんな城主 直虎」には、水田を耕作する農民以外の農民(畑で綿花を栽培する農民)や職人(刀鍛冶)なども登場します。
江戸時代は林業が盛んな地域でした。その林業も、次回から、取り上げられるようですね。

井伊谷の人々のくらし(浜松市地域遺産センター)

戦国時代の井伊谷で盛んだった業種は・・・『井伊家伝記』「井伊信濃守直盛公善根の事」に「直盛公御年若時節善人にて黙宗和尚南渓和尚を崇仰被成候」とあります。
井伊直盛は「御年若時節」(若い頃)に多くの寺社を建てたり、寺社に寄進したりしています。歳を取ると、戦争が起きて多額のお金が必要となり、寺社の創建や、寺社への寄進は思うように出来なくなったようです。

井伊直盛のお金の出所は、運送業(陸運・水運)と貿易業ではないかと私は考えています。

 

キーワード:義信事件

「義信事件」とは、武田信玄の嫡男である武田義信(天文7年(1538)~永禄10年(1567))が、父・信玄によって永禄8年(1565)10月に甲府の東光寺に幽閉された事件のことです。
その後、義信は廃嫡され、2年後の永禄10年10月19日(1567年11月19日)、東光寺で自害(病死とも)しました。

(1)事件の発端
父と子の意見の相違による家臣団の分裂(今川領の駿河国へ侵攻したい父・武田信玄派と親今川の子・武田義信派とに家臣が分かれて派閥抗争が起きたこと)が事件の発端です。
甲駿同盟(甲斐国の武田氏と駿河国の今川氏の同盟)は、婚姻関係が担保となっていました。
定恵院(武田信虎の娘で信玄の姉・今川義元の正室)が、天文19年(1550年)6月2日に亡くなったので、甲駿同盟の継続のため、天文21年(1552年)11月27日、武田義信(武田信玄の嫡男)と嶺松院(今川義元と定恵院の娘)が政略結婚させられました。
このため武田義信は親今川だったのですが、武田信玄が武田義信を幽閉して廃嫡し、嶺松院と離縁させると、武田氏と今川氏の関係は一気に悪化します。

(2)幽閉の時期
『甲陽軍鑑』には、
・永禄7年(1564)7月 飯富虎昌らの信玄暗殺の密談が発覚
・永禄8年(1565)1月 飯富虎昌らの処刑
・永禄8年(1565)10月 武田義信を東光寺に幽閉
とありますが、最新の研究では、密談の発覚は永禄8年(1565年)7月で、飯富虎昌らの処刑は永禄8年(1565年)10月15日だとされています。

※「武田二十四将」の一人、「甲山の猛虎」こと飯富虎昌(武田義信の傅役)の死後、「赤備え」は、密談を密告した弟(甥とも)の飯富源四郎(後に「武田四天王」の一人となる山県昌景)に引き継がれました。そして、武田氏滅亡後、「赤備え」は井伊直政が引き継ぎます。

追平陶吉作「武田信玄」(根羽八幡宮)

今回は、
・駿府今川館:義信の幽閉を聞いて寿桂尼復活(夕立と雷)
・井伊氏居館:お茶と落雁(晩夏のヒグラシ)
・瀬戸村の農家:綿花の収穫(秋の収穫)
と季節感あふれるドラマでした。
秋の表現に稲の収穫ではなく、綿の収穫を使ったのは「水田中心史観批判」によります。

「綿くり」(綿の実と繊維に分ける道具。豊田佐吉記念館(静岡県湖西市)にて撮影)

残念なのは、井伊直虎と小野政次が井戸端で話す時、橘の実が生っていなかったことと、義信の幽閉は10月、今の暦では11月であり、順序が・・・幽閉は綿の収穫後になります。

今回のNHKのミスは、最後の最後。
>「二俣城址」 遠州鉄道「二俣本町駅」下車 徒歩10分
と表示されましたが、遠州鉄道ではなく、天竜浜名湖鉄道ですから。
きっと苦情が殺到して、土曜の再放送の時には直ってることでしょう。

著者:戦国未来
戦国史と古代史に興味を持ち、お城や神社巡りを趣味とする浜松在住の歴史研究家。
モットーは「本を読むだけじゃ物足りない。現地へ行きたい」行動派で、武将ジャパンで井伊直虎特集を担当している。

 

主要キャラの史実解説&キャスト!

井伊直虎(柴咲コウさん)
井伊直盛(杉本哲太さん)
新野千賀(財前直見さん)
井伊直平(前田吟さん)
南渓和尚(小林薫さん)
井伊直親(三浦春馬さん)
小野政次(高橋一生さん)
しの(貫地谷しほりさん)
瀬戸方久(ムロツヨシさん)
井伊直満(宇梶剛士さん)
小野政直(吹越満さん)
新野左馬助(苅谷俊介さん)
奥山朝利(でんでんさん)
中野直由(筧利夫さん)
龍宮小僧(ナレ・中村梅雀さん)
今川義元(春風亭昇太さん)
今川氏真(尾上松也さん)
織田信長(市川海老蔵さん)
寿桂尼(浅丘ルリ子さん)
竹千代(徳川家康・阿部サダヲさん)
築山殿(瀬名姫)(菜々緒さん)
井伊直政(菅田将暉さん)
傑山宗俊(市原隼人さん)
番外編 井伊直虎男性説
昊天宗建(小松和重さん)
佐名と関口親永(花總まりさん)
高瀬姫(高橋ひかるさん)
松下常慶(和田正人さん)
松下清景
今村藤七郎(芹澤興人さん)
㉙僧・守源

 

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